先日行われた「FERIA DE ARTE CONTEMPORANEO DE AREVALO」に、NON STOPのOVIEDO展の作品から、たなきゅーさん、西尾糸穂子さんの作品が出品されました。
そのレポートが届きましたので、こちらにアップいたします。
V Feria de Arte Contemporaneo de Arevalo.doc (Word doc形式ファイル 820KB)
2009年05月18日
2009年03月03日
Valencia展申込書
Valencia展 正式申込書
Solicitud para Exposición Valencia Vanguardia 09.doc Word形式(24KB)
Solicitud para Exposición Valencia Vanguardia 09.pdf PDF形式(37KB)
参考資料:申込書翻訳および記載箇所入.pdf (101KB)
Solicitud para Exposición Valencia Vanguardia 09.doc Word形式(24KB)
Solicitud para Exposición Valencia Vanguardia 09.pdf PDF形式(37KB)
参考資料:申込書翻訳および記載箇所入.pdf (101KB)
2009年01月28日
ART ROOM web
2008-09 ART ROOMのホームページが公開されました。
http://www.art-room.com.es/
NON STOPからは以下の作家が掲載されています。
Aoki Hitoshi
Kato Hiromitsu
Kinoshita Shin-Ichi
Kurihara Shihomi
Nitta Shinzi
Oonishi Satomi
Tanacue
Tanaka Kouichi
http://www.art-room.com.es/
NON STOPからは以下の作家が掲載されています。
Aoki Hitoshi
Kato Hiromitsu
Kinoshita Shin-Ichi
Kurihara Shihomi
Nitta Shinzi
Oonishi Satomi
Tanacue
Tanaka Kouichi
2009年01月25日
2009年01月10日
Valencia展概要および参加見込みのご確認
2009年7月に開催が予定されているNON STOPのValenciaでの企画展。
正式にGoサインを出すために、どの程度の参加が見込まれるかの確認をいたします。
参加希望者はコメントを記載してください。
期日:1/20
Valencia展 概要
正式にGoサインを出すために、どの程度の参加が見込まれるかの確認をいたします。
参加希望者はコメントを記載してください。
期日:1/20
Valencia展 概要
2008年12月30日
08-09 Gran Coleccionable
Gran Coleccionable:
30 de diciembre al 14 de enero
2008/12/30-2009/01/14
Gran coleccionable.pdf
GALERÍA CATARSIS
NON STOPからは以下の作家が参加します。
青木仁之
加藤弘光
木ノ下真市
栗原志保見
ニッタシンジ
大西里美
たなきゅー
田中こういち
30 de diciembre al 14 de enero
2008/12/30-2009/01/14
Gran coleccionable.pdf
GALERÍA CATARSIS
NON STOPからは以下の作家が参加します。
青木仁之
加藤弘光
木ノ下真市
栗原志保見
ニッタシンジ
大西里美
たなきゅー
田中こういち
FERIA DE ARTE CONTEMPORANEO DE AREVALOへの出品
OVIEDO展へ出展された作品から、たなきゅーさんの「El mundo de coloritmo」、西尾糸穂子さんの「Yesterday, some words I studied.」のDVD2作品が、09年春に開催されるFERIA DE ARTE CONTEMPORANEO DE AREVALOへ招待出品される予定です。
2008年10月04日
OVIEDOレポート
6月18日〜30日まで行われたOVIEDO "accidentes plásticos" en -arte sumergido-
レポートを以下にまとめました。
Dossier arte Sumergido 08.pdf
オビエド展オープニングレポート.pdf
2008年オビエド展―作品コメント.pdf
Arte de rompe y rasga.pdf
ArteSpain.pdf
comercio2.pdf
La voz de Astrias.pdf
Nexo5.pdf
詳細
レポートを以下にまとめました。
Dossier arte Sumergido 08.pdf
オビエド展オープニングレポート.pdf
2008年オビエド展―作品コメント.pdf
Arte de rompe y rasga.pdf
ArteSpain.pdf
comercio2.pdf
La voz de Astrias.pdf
Nexo5.pdf
詳細
2008年09月09日
2008年08月10日
カタルシス画廊展覧会への作品発送
カタルシス画廊展覧会への作品発送について案内します。
作品輸送はこちらでとりまとめての一括輸送作業を行います。
この輸送方法を使用希望する方は、概略をお読みの上、連絡ください。
なお、個人で直接スペインへお送りする場合、郵便局のEMSは現地での対応がかなり厄介になるケースがでているために使用しないでください。(スペイン着は8/末)
概略
作品輸送はこちらでとりまとめての一括輸送作業を行います。
この輸送方法を使用希望する方は、概略をお読みの上、連絡ください。
なお、個人で直接スペインへお送りする場合、郵便局のEMSは現地での対応がかなり厄介になるケースがでているために使用しないでください。(スペイン着は8/末)
概略
2008年08月03日
2008年07月30日
仮DMできました。
9/12から行われるNON STOPのカタルシス画廊展覧会の仮DMが届きました。
仮なので、まだ展覧会名はOVIEDOと同じものになっています。。
Folleto definitivo Non Stop.pdf
仮なので、まだ展覧会名はOVIEDOと同じものになっています。。
Folleto definitivo Non Stop.pdf
2008年07月22日
峰松さんの記事の翻訳
峰松さんの親しい友人でもあったArte y Libertad紙の編集長、Pacoさんが書かれた峰松さんの記事を翻訳とともにご紹介いたします。
原文はこちらになります。
http://www.arteylibertad.org/ayl/articulo.asp?data=59-1-1641
*********************************
ミネマツ・ヒデキ逝去 (1950-2008)
Paco Carsíパコ・カルシ. バレンシア 2008年6月13日
「ヒデキはスペインのサムライと日本のドン・キホーテがうまく融合したような人だった」
背が高く細身で日本人らしい容貌に加え、いつも髪を後ろにまとめていたその姿は、まるでドン・キホーテの肖像のようだった。その佇まいは、彼の精神のあり方にぴったりだった。まるでスペインのサムライようであり、日本のドン・キホーテのようだった。
彼の娘であるエレナが言うように、変わっている人間だったその人は、本当に独特で、他の日本人にはないものを持っていた。彼の妻であるパウラは言った。とても魅力的な人間で素敵な人だったと。彼女は今から28年前、一緒に日本に住むことにした。その後の日本でのバブル崩壊後、娘エレナが生まれ、マドリッドに拠点をうつした。彼女は日本とスペインの二つの血を引いた、素敵な18歳の若者だ。彼女の両親は、エレナの健康と教育について心配していた。現在、大学で経済を勉強している。
エレナとパウラの二人に、心からお悔やみを申し上げる。
私が個人的に彼、ヒデキに出会ったのは1990年代の初めごろだった。彼は日本のReijinshaという株式会社の代行業務でバレンシアにて開催されたインターアート展示会に出向いていた。そこでアート作品を説明している彼に私はとても興味をひかれた。パーフェクトな馴染んだカステジャーノ(スペイン語のこと)で作品のスタイルやテクニックについて説明してくれたのには、驚きを隠せなかった。そして同時に、本当に素晴らしいひと時をすごすことができた。少々高いのではないかという私に対してヒデキは、運送費用、換金などの面でそれなりに見合うように正当な交渉をしてくれた。そして最後に、私に「一番大事なことは売ることではなくて、日本のアートを知ってもらうことなんです。大使というものは長期戦で働くものです。」と言った。やられた。なんと準備万端でやってくるんだと、心の中で思ったものだ。
こうして、私がコラボしていたアートの宣伝と彼のカタログを交換し合いながら何年かが過ぎた。年月とともに私たちの会話は、もっと興味深く、深いものとなっていった。
ある日、Charo Marinという造形アーティストが、彼女のギャラリーAnagmaにて日本人アーティストによる展示会のオープニングをする話をもちかけてきた。私はそのテーマに大変興味を引かれ、日本文化に関する本を数冊購入した。その中のうちの一冊の短編小説を一気に読んだものだ。そうして、そこでアーティスト達の代表としていたヒデキと再び新たに出会い、私たちの友情の絆は永遠のものとなった。
その後の数年間の間、マドリッドとバレンシアで、私たちは幾度となくランチやディナーを一緒にしながら会話を楽しんだものだった。“El arte une”(芸術は結束する)。彼はいつも私に狂ったライオン(León Roca)と言っていた。私たちの会話はアートに関することだけでは止まらず、お互いの二つの文化の中で一致することなどについても幅広く語り合った。思ったよりも多くの類似点があったのだ。お互いの家庭の話やら、食の話やら、もちろん忘れることなく、女性に関する話やら!会話は尽きることを知らなかった。
彼の最後のバレンシアへの訪問では、Negrito広場にて長い時間話に花を咲かせた。バレンシアの水を飲みながら、改めて私たちの気候と水、そしてきっと世界へ大いに貢献しているであろうスペインのシエスタについて。彼の思いもよらなかった突然の死は、この世界を救うための解決策を発見できる偉大な貢献者を奪ってしまった・・・。
Arte y Libertad とのコラボレーション
ヒデキは私たちの新聞を初期の頃から知っており、ある日、彼の会社とコラボレーションの話を持ちかけてきたときは驚いた。「私たちはバレンシアだけで発行しており、他にはいくつかの県外の定期購読の申し込みを受けています」と遠慮深くお返事した。そうすると彼は「日本人は、いつも本当にいいものを選んでいます。私が知りうる限り、Arte y Libertad はアートと文化の面において最高の新聞です。あなたは本当に質のいいものをつくっていらっしゃる。日本人には距離は関係ありません。あなた方のニュースはGoogle等にもとてもいい場所に載っています。これによって日本人は気づいたのです。」と答えたのだ。そしてついに、アートグループNON STOPとアーティスト ムラジ・ヨネコに関する記事をカラーで何枚ものページにわたって記載することとなった。これによって、彼らの委託をかねた展示会をすることとなった。そして、今回本当に残念なことに、ヒデキに関する追悼を書くこととなってしまった。私たちが言葉の壁を乗り越えられることを願っている。
私は電話とEメールを通して、ヒデキと頻繁に連絡をとりあっていた。彼は東京と大阪(彼の出生地)から帰国し、展示会の委託のためにオビエドへ訪問したあと、6月9日月曜に行われる私たちの誕生記念パーティーに出席する予定だった。病院でヒデキと話すことができた、最後のわずかな言葉の中で、彼は「あなた方と一緒にいれなくて本当に残念だ。行く予定だったのけれど。」と口にした。ヒデキはかつて一度も、何かしら出張などでの記念パーティーに出席した事はなかった。そして今回は、彼の生まれ故郷、日の昇る国よりも、もっと遠いどこかへ、帰ることのない旅となってしまった・・・。
ヒデキは、名を体で現すようにまさに、「秀才の樹」だった。日本人の友人であり、旅人であり、仲間であり、疲れを知らない仕事人・・・要するに、時間とともに、気付いたときには、私たちはかけがえのない友達AMIGOSとなっていた。
ヒデキ・ミネマツはマドリッド・モストレス病院にて去る6月10日17時15分、故人となる。
原文はこちらになります。
http://www.arteylibertad.org/ayl/articulo.asp?data=59-1-1641
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ミネマツ・ヒデキ逝去 (1950-2008)
Paco Carsíパコ・カルシ. バレンシア 2008年6月13日
「ヒデキはスペインのサムライと日本のドン・キホーテがうまく融合したような人だった」
背が高く細身で日本人らしい容貌に加え、いつも髪を後ろにまとめていたその姿は、まるでドン・キホーテの肖像のようだった。その佇まいは、彼の精神のあり方にぴったりだった。まるでスペインのサムライようであり、日本のドン・キホーテのようだった。
彼の娘であるエレナが言うように、変わっている人間だったその人は、本当に独特で、他の日本人にはないものを持っていた。彼の妻であるパウラは言った。とても魅力的な人間で素敵な人だったと。彼女は今から28年前、一緒に日本に住むことにした。その後の日本でのバブル崩壊後、娘エレナが生まれ、マドリッドに拠点をうつした。彼女は日本とスペインの二つの血を引いた、素敵な18歳の若者だ。彼女の両親は、エレナの健康と教育について心配していた。現在、大学で経済を勉強している。
エレナとパウラの二人に、心からお悔やみを申し上げる。
私が個人的に彼、ヒデキに出会ったのは1990年代の初めごろだった。彼は日本のReijinshaという株式会社の代行業務でバレンシアにて開催されたインターアート展示会に出向いていた。そこでアート作品を説明している彼に私はとても興味をひかれた。パーフェクトな馴染んだカステジャーノ(スペイン語のこと)で作品のスタイルやテクニックについて説明してくれたのには、驚きを隠せなかった。そして同時に、本当に素晴らしいひと時をすごすことができた。少々高いのではないかという私に対してヒデキは、運送費用、換金などの面でそれなりに見合うように正当な交渉をしてくれた。そして最後に、私に「一番大事なことは売ることではなくて、日本のアートを知ってもらうことなんです。大使というものは長期戦で働くものです。」と言った。やられた。なんと準備万端でやってくるんだと、心の中で思ったものだ。
こうして、私がコラボしていたアートの宣伝と彼のカタログを交換し合いながら何年かが過ぎた。年月とともに私たちの会話は、もっと興味深く、深いものとなっていった。
ある日、Charo Marinという造形アーティストが、彼女のギャラリーAnagmaにて日本人アーティストによる展示会のオープニングをする話をもちかけてきた。私はそのテーマに大変興味を引かれ、日本文化に関する本を数冊購入した。その中のうちの一冊の短編小説を一気に読んだものだ。そうして、そこでアーティスト達の代表としていたヒデキと再び新たに出会い、私たちの友情の絆は永遠のものとなった。
その後の数年間の間、マドリッドとバレンシアで、私たちは幾度となくランチやディナーを一緒にしながら会話を楽しんだものだった。“El arte une”(芸術は結束する)。彼はいつも私に狂ったライオン(León Roca)と言っていた。私たちの会話はアートに関することだけでは止まらず、お互いの二つの文化の中で一致することなどについても幅広く語り合った。思ったよりも多くの類似点があったのだ。お互いの家庭の話やら、食の話やら、もちろん忘れることなく、女性に関する話やら!会話は尽きることを知らなかった。
彼の最後のバレンシアへの訪問では、Negrito広場にて長い時間話に花を咲かせた。バレンシアの水を飲みながら、改めて私たちの気候と水、そしてきっと世界へ大いに貢献しているであろうスペインのシエスタについて。彼の思いもよらなかった突然の死は、この世界を救うための解決策を発見できる偉大な貢献者を奪ってしまった・・・。
Arte y Libertad とのコラボレーション
ヒデキは私たちの新聞を初期の頃から知っており、ある日、彼の会社とコラボレーションの話を持ちかけてきたときは驚いた。「私たちはバレンシアだけで発行しており、他にはいくつかの県外の定期購読の申し込みを受けています」と遠慮深くお返事した。そうすると彼は「日本人は、いつも本当にいいものを選んでいます。私が知りうる限り、Arte y Libertad はアートと文化の面において最高の新聞です。あなたは本当に質のいいものをつくっていらっしゃる。日本人には距離は関係ありません。あなた方のニュースはGoogle等にもとてもいい場所に載っています。これによって日本人は気づいたのです。」と答えたのだ。そしてついに、アートグループNON STOPとアーティスト ムラジ・ヨネコに関する記事をカラーで何枚ものページにわたって記載することとなった。これによって、彼らの委託をかねた展示会をすることとなった。そして、今回本当に残念なことに、ヒデキに関する追悼を書くこととなってしまった。私たちが言葉の壁を乗り越えられることを願っている。
私は電話とEメールを通して、ヒデキと頻繁に連絡をとりあっていた。彼は東京と大阪(彼の出生地)から帰国し、展示会の委託のためにオビエドへ訪問したあと、6月9日月曜に行われる私たちの誕生記念パーティーに出席する予定だった。病院でヒデキと話すことができた、最後のわずかな言葉の中で、彼は「あなた方と一緒にいれなくて本当に残念だ。行く予定だったのけれど。」と口にした。ヒデキはかつて一度も、何かしら出張などでの記念パーティーに出席した事はなかった。そして今回は、彼の生まれ故郷、日の昇る国よりも、もっと遠いどこかへ、帰ることのない旅となってしまった・・・。
ヒデキは、名を体で現すようにまさに、「秀才の樹」だった。日本人の友人であり、旅人であり、仲間であり、疲れを知らない仕事人・・・要するに、時間とともに、気付いたときには、私たちはかけがえのない友達AMIGOSとなっていた。
ヒデキ・ミネマツはマドリッド・モストレス病院にて去る6月10日17時15分、故人となる。
2008年06月27日
Alfonsoさんから作家へのメッセージ
<NON STOPのメンバーへのメッセージ>
峰松氏のおかげで13年前に日本のアートを紹介するという夢を実現することができました。美術評論家、ギャラリーオーナーとしての活動の場に、彼こそがその円滑な橋渡しとしての協力者であったからです。
年月が過ぎ、私たちが多くのプロジェクトをひとつずつ成し遂げてきた矢先、約7年前のことですが、現代美術で活躍する日本の若手作家に目を向けてみようという意見が私たちの間で一致しました。
NON STOPが誕生しました。
私は誇りを持ってこれまでの道のりは大変満足いくものだったと宣言できます。
実にメンバーたちの力がこうした良い結果をもたらしたのだと考えています。
その証拠にスペインそしてヨーロッパで東洋の特に日本のコンテンポラリーアートへの関心のまなざしが注がれています。
NON STOPの根底には、各メンバーの美学的独立心をメインとする考え方があります。ここでは、日本の薫陶にありがちな作風をどうこうとする美術協会とは正反対に、グループの本来の意図と力は、現代性に基づいた、つまり自由美術の精神を起源とする、題材や制作プロセスの多様性にあると思っています。
このコンセプトは峰松氏も私も大切にしていたし、これから私が守っていきたいと考えています。
自由が必ずしも楽なものだとは言えません。私たちの夢において適任者を失ったつらさを乗り越えて、今、私たち自身の決断が求められている時がきていると思います。もし、NON STOPのメンバーがひとりひとり私を信頼して下さるのなら、作品のプロモーションを計画し、マーケットを開拓し、また日々の向上心の賜物である作品を美術館、公的機関へ提案していきたいと考えています。
共に歩いていきましょう!
峰松英樹さん、ありがとう。
峰松氏のおかげで13年前に日本のアートを紹介するという夢を実現することができました。美術評論家、ギャラリーオーナーとしての活動の場に、彼こそがその円滑な橋渡しとしての協力者であったからです。
年月が過ぎ、私たちが多くのプロジェクトをひとつずつ成し遂げてきた矢先、約7年前のことですが、現代美術で活躍する日本の若手作家に目を向けてみようという意見が私たちの間で一致しました。
NON STOPが誕生しました。
私は誇りを持ってこれまでの道のりは大変満足いくものだったと宣言できます。
実にメンバーたちの力がこうした良い結果をもたらしたのだと考えています。
その証拠にスペインそしてヨーロッパで東洋の特に日本のコンテンポラリーアートへの関心のまなざしが注がれています。
NON STOPの根底には、各メンバーの美学的独立心をメインとする考え方があります。ここでは、日本の薫陶にありがちな作風をどうこうとする美術協会とは正反対に、グループの本来の意図と力は、現代性に基づいた、つまり自由美術の精神を起源とする、題材や制作プロセスの多様性にあると思っています。
このコンセプトは峰松氏も私も大切にしていたし、これから私が守っていきたいと考えています。
自由が必ずしも楽なものだとは言えません。私たちの夢において適任者を失ったつらさを乗り越えて、今、私たち自身の決断が求められている時がきていると思います。もし、NON STOPのメンバーがひとりひとり私を信頼して下さるのなら、作品のプロモーションを計画し、マーケットを開拓し、また日々の向上心の賜物である作品を美術館、公的機関へ提案していきたいと考えています。
共に歩いていきましょう!
峰松英樹さん、ありがとう。
アルフォンソ ゴンザレス カレーロ
翻訳:Michiko Totoki
翻訳:Michiko Totoki
2008年06月25日
NON STOP 今後について
今月の10日に峰松さんが亡くなられ、その三日後にニッタはスペインへオビエド展オープニングのため訪西し、6/21、カタルシス画廊にてアルフォンソさんと今後のNON STOPについての話をしてきました。
NON STOP 今後について
カタルシス画廊オーナーのアルフォンソさんは、峰松さんと生前からよくNON STOPの理想を聞いており、またNON STOPという名付け親のひとりでもあるので、今後も峰松さんのあとを、責任をもって活動を継続していくと話していただけました。(後日メンバーへのメッセージをいただける予定です)
NON STOPの理想のもとに、予定されている活動計画(既に告知済みのカタルシス画廊展覧会、ART ROOM)は引き続き存続いたします。
詳細
NON STOP 今後について
カタルシス画廊オーナーのアルフォンソさんは、峰松さんと生前からよくNON STOPの理想を聞いており、またNON STOPという名付け親のひとりでもあるので、今後も峰松さんのあとを、責任をもって活動を継続していくと話していただけました。(後日メンバーへのメッセージをいただける予定です)
NON STOPの理想のもとに、予定されている活動計画(既に告知済みのカタルシス画廊展覧会、ART ROOM)は引き続き存続いたします。
詳細
2008年06月11日
大切なお知らせ
すべてのアーティストメンバーへ
アルフォンソさんから、6月10日峰松さんが亡くなった、との知らせをメールを受けました。下記、そのメール内容を転載いたします。
峰松さんは、将来僕らが立派なアーティストになったことを威張りたい、とよく言っていました。
「こいつらを見いだしたのは俺だ」と。
僕らにはそれに応える使命があります。
NON STOPは終わらないよ。
From: catarsis@galeriacatarsis.com
Subject: Comunicado Catarsis
Date: 2008年6月11日 2:54:33:JST
Estimados amigos y colaboradores:
Por el presente os informo de que hoy 10 de junio ha fallecido nuestro amigo Hideki Minematsu. Muerte sobrevenida de cuyas causas no tenemos mucho conocimiento, salvo que ha sido en el hospital de Móstoles y parece que por una parada intestinal. En este momento de afectación de mi ánimo sólo tengo buenos recuerdos para él, y compartir con vosotros estos recuerdos mutuos.
Seguramente mañana sea el entierro, cuando tengamos datos volveremos a mandar un e-mail.
Un saludo
Alfonso González-Calero
CATARSIS
Santa María 15
28014. Madrid
Tf: 91 369 35 80 / Fax: 91 541 91 62
catarsis@galeriacatarsis.com
アルフォンソさんから、6月10日峰松さんが亡くなった、との知らせをメールを受けました。下記、そのメール内容を転載いたします。
峰松さんは、将来僕らが立派なアーティストになったことを威張りたい、とよく言っていました。
「こいつらを見いだしたのは俺だ」と。
僕らにはそれに応える使命があります。
NON STOPは終わらないよ。
From: catarsis@galeriacatarsis.com
Subject: Comunicado Catarsis
Date: 2008年6月11日 2:54:33:JST
Estimados amigos y colaboradores:
Por el presente os informo de que hoy 10 de junio ha fallecido nuestro amigo Hideki Minematsu. Muerte sobrevenida de cuyas causas no tenemos mucho conocimiento, salvo que ha sido en el hospital de Móstoles y parece que por una parada intestinal. En este momento de afectación de mi ánimo sólo tengo buenos recuerdos para él, y compartir con vosotros estos recuerdos mutuos.
Seguramente mañana sea el entierro, cuando tengamos datos volveremos a mandar un e-mail.
Un saludo
Alfonso González-Calero
CATARSIS
Santa María 15
28014. Madrid
Tf: 91 369 35 80 / Fax: 91 541 91 62
catarsis@galeriacatarsis.com
2008年05月11日
ART ROOM2008-2009年版 概要
ART ROOM2008-2009年版の概要
ガレリア・カタルシス発行の最新版現代美術作家図録への掲載募集
および掲載作家の12月グランコレクションへの招待出展
ガレリア・カタルシス発行の最新版現代美術作家図録への掲載募集
および掲載作家の12月グランコレクションへの招待出展
趣旨
現代美術の作品を如何にそのファンやコレクターと出会う機会を作り出すか?作品と市場との規模やネットワーク、作品価値の客観的な証、またその時代の社会環境との関連等複雑な要因とともに、戦後多くの現代美術を扱うギャラリーが増え、かつそれ以上に作家の数が増えつつある現状から、将来コレクターになる可能性を持ったファンの予備軍は、作品に対して多いに興味を持っていたとしてても、いざ購入を希望するその作品の価格に対して不安を持っているのも事実であろう。
過去15年にわたり現代美術を専門に扱ってきたガレリア・カタルシスは、そういったファンに応えるために、2年ごとにギャラリーが扱う作家の作品とその価格を表示したカタログを発刊している。
今年は、特にNON STOPの作家の作品写真を掲載すると共に、2008年もしくは2009年の年末年始のグランコレクション展(12月末〜翌1月初旬)に招待作家として出品してもらうことに決定した。
また将来、掲載作家同士の交流展が出来る可能性にも積極的に働きかけたい。
(例:スペインの掲載作家が展覧会を行う際、掲載されている中から気に入ったNON STOPの作家を指名して出品を招待することや、反対にNON STOPの作家が展覧会を行う際に、ART ROOM掲載作家を指名して出品を招待することも可能である。もちろんこれまでと同じく、ART ROOMをベースに将来作品の発表の場を出来る限り経費を削減して活路を拡大することも可能であろう。
峰松英樹
参考資料
2006-07 ART ROOMホームページ
http://www.art-room.com.es/
詳細

